- 2006年7月27日 20:57
風を感じる路地
そこは、少し山沿いに位置する小さな小路で、何となく昔のにおいを持参した図面で感じたところだった。しかし、道幅が狭いのは当然のこととして、なにか外来者を拒むような濃密な近所つきあいを感じさせるような場所であった。今回限りだから静かに歩けばいいと思いつつ歩いて見るとそこは道幅狭いことが原因で建て替えができず(道幅が一・八m)におそらく当時のままに生活しているであろうことが予測できるところであった。歩いてみてまず私の目に子供たちが元気に路地で遊んでいる姿、お年寄りの婦人達のおしゃべりする姿などが入ってきた。各戸の入口はこの路地に面しているのだが、ドアが半開きになっていたり、げた箱や子供たちが使うであろう自転車などが家の外に出ている。それを見ていると各戸の生活ぶりなどがよくわかる。同時に家の中で話していることなども聞こえてきたりする。そしてそのような雰囲気が路地に外来者が容易に入り込むことの難しさを感じるが、路地を抜けるように海からの風が通り抜けここちよい。
このことは大切なことで、室津の場合地形的に海にむかって斜面地から湾を囲むように家々が密集しているところではこのような路地が風の通り道であったり、そこに住む人々のたむろする場所になっていることで狭い場所での息苦しさを少し和らげる要素になっていることがよくわかる。
私は、室津の町を歩きながら、ここに来る前に訪ねた鹿島台分譲地のことを思い浮かべていた。
高幡不動の分譲地にて(町並みのつくられ方の印象)
二〇〇〇年九月三十日、室津に行く前に私はこの高幡不動?の分譲地を訪れることにした。というのも高幡鹿島台54(以後鹿島台54)は、宮脇さんが法政でのデザインサーベイにひとくぎりをつけその後の創作活動のなかで、宅地開発の仕事をされ、その当時にデザインされた分譲地の一つであり、完成して十五年が経っている。デザインサーベイの調査を通して得た町づくりのためのいろいろなしかけがどのように時を経てなじんでいるのかを知りたかったからである。鹿島台54は、多摩モノレールの「程久保」駅を降りて長い坂道をおよそ二十分ほど歩き、少し下り坂にさしかかったあたりにある。
周囲の家並みを見ると区画整理された宅地の中に整然と住宅が並んでいる典型的な住宅地なのだが、表の通りからこの分譲地の中に入る道がゆるくカーブし、 道はゆっくり蛇行しながら敷地の高低差にそって登りながら、宅地を大きく三つに分割している。また、この道をつなぐ細い路地がつくられそこにはポケットパークが配置され小さなベンチが置かれている。
また、敷地内の道に面する各宅地にはそれぞれゲートがあり(といっても門塀の類いではない)プライベートな宅地内への進入を感覚的にやんわりと拒みながら、各戸の個性が出るような仕掛けがしつらえられている。周辺の住宅地と違っているところは、人の歩くスピードに合わせた道作りがされていることで、車の導入路と人の歩く道が路面の微妙な仕上げの違いでそれとなく分けられており車を中心とした道作り主体の一般的な宅地開発とは違っている。 道に沿って歩いてみると、広場や大きな木越しに住宅のベランダが見え隠れしここに住む人たちの生活感がさりげなく伝わってくる町並みになっている。そのための仕掛けがかつてサーベイを通して得たものを糧としたことは間違いない。
この原稿は学芸出版社「実測術」の原稿用に第一稿として書いたのですが、最終稿は別な形の原稿になりました。今回、6年ぶりに鹿島台54を訪れる機会があり、第一稿を公開することにしました。
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Comments:2
- 路露 2006年7月28日 11:43
懐かしいなぁ・・室津
タマちゃん元気かなぁ〜?ネコ釣りネコ・・
もう世代交代してるんだろうなぁ至るところに出没する貴殿の旅の風?蒸し暑い今
俺の心の路地に
風をもたらしここちいい(感謝!)- skiyose 2006年7月28日 16:58
タマちゃんのことは知らないけれど。。
床屋さん、お好み焼き屋さんは、まだ、お店をやっていましたよ。